驀直進前(国力)


国力とはなんぞや?と考えた時技術力や生産力などが思いつくが私の場合はそうでない。
国力=子供である。
技術力・生産力は今のものであって将来約束されているものではない。
それらのものが将来約束されるために受け継いでくれる子供たちが私たちの子孫が必要なのである。
日本人のDNAを受け継いでくれる子供たちが。
これまで日本は豊かになり、自分の時間を快適に過ごしたいため(もちろんそれだけではないが)自分の生きた証を残す時間を遅らす羽目になった。結局そのつけが私たちの将来にまわって来た。
祖父母がいて両親いて子供がいて孫がいる。
社長がいて部長がいて課長や社員がいて新入社員がいる。
老人がいて、働くものがいて、学生がいて、元気に遊ぶ子供がいる。
結局、家が絶えない事と企業が絶えないことと国が絶えない事は同じなのである。
今から毎年国力は低下する。国力の低下はね技術力・生産力の低下につながるとともに国の破綻おも招きかねない。この現実に国内でしか生活を営むことしかできない国民は我を捨て、泥水に手を突っ込んでも生きるすべを見出さなければならない時期が来た。

驀直進前


驀直進前(ばくちょくしんぜん)この言葉を初めて聞いたのは、昭和54年の東予地区剣道新人戦大会の後であった。きっかけは、高校時代の剣道の恩師から頂いた一冊の本の中にあった。
語源は、鎌倉時代、時の将軍北条時宗が蒙古の襲来の為に幾度となく鍛錬を重ね、いよいよ決戦の時に敬する日本に禅宗を伝えた宋の僧侶、無学祖元より
莫煩悩(ばくぼんのう)」と教わる。
その時の記憶を辿ると、
蒙古を軽く見て、だらだらと交渉している間に侵略され、いつの間にか国をなくしてしまう。
あなたは考え、そしてその時の為に戦術を練り、戦略を立今日まで絶え間ない努力をして来たはず。
この時が来る事は、もう以前より分かっていたはずではないか。
何を今更ためらう事がある。国の存亡はあなたにかかっているのですよ。
あれこれ考えずこれまでしてきたことを、正しいと思うことをただまっすぐやり抜くのみ。と言って諭す。
これが莫煩悩、後に驀直進前と呼ばれるようになった。
時:1281年の弘安の役。場所:福岡大宰府。
この言葉が岐路に立った時、将来の日本の姿を考え進むべき道を模索する時、頭をよぎります。


御用納め


2011年も無事終わりを迎えることができました。
大きな出来事は、新居浜基準監督署さまからのご推薦で厚生労働大臣奨励賞を四国で唯一受賞できた事。
そして、仲間がここの責務を理解し、私が百姓でうつつをぬかしている時、忠実に本業で働いてくれたことだと思います。
しかし本年、マルタングループがぼろぼろになった一年でもありました。けんど、この一年は、リーマンショックの時に予想していた一年でもあります。
今の日本は、元気で有能な企業も滅ぼす外道な国いなってしまいました。
自国愛はあるが、今の日本の政治と官僚そして公務員にそそぐ愛などみじんもありません。
その代り、震災を経験した被災者の皆さんにはマルタングループあげて大きな自愛を注ぎたいと感じております。
やるべき仕事と住める住居があるこの愛媛は幸せな土地である。
新年明ければ、東北に行く機会に恵まれる可能性が出てきました。
私は行く。もう一度会いたい人がそこに居るから。
そこが、原発でもかまわん。
若草色で染められたこの車両は、未来の子供たちの色。子供達へ日本の将来を託す色。
先代から受け継がれこのた色。これぐらいの苦境で茶色の枯葉色になってたまるかい!!!
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御用納の夜、としくんとかずが忘年会をしませんか?と言ってきた。
としくんが言うと言う事は天変地異である。(アハハ
かずも熱いがとしも熱い!    みな出来の悪いオイラの為によぅ育っとる。
酒を酌み交わし、熱弁をふるうのはまるで坂本龍馬が生きた時代の用である。
来年日本は、変わる。必ず変わる。変わらなければ、いいも企業滅びる。滅びれば日本という国が無くなる。日本は滅びては決してならん。これまでに幾度となく試練を耐え抜いた国として。
国が亡びれば、私欲に走る政治家や官僚公務員に被災者が救えるのか?
不条理なヤツの為に私は働かない。
私が働く理由は、同志と東北の被災者方と国の為であり、そしてこれまで生かされた来た先祖に報いるためである。
政治家でも官僚の為でもない。
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2012年日本は大きく変動し生まれ変わる年になる。リーダーは皆が知っている人である。
その人が出来なかった時、日本は滅び中国の植民地である。
それでも私は働く。投げ出さない。一生懸命うつむいて働く。うつむいて働く事を忘れたら日本人でなくなるから。
新しい日本に期待し2011年を終わりたいと思います。
今年もみなさな本当にありがとうございました。
そして、今年被災地に行けなかった、同志諸君。行けなかった事は決して悪いことではないのですよ。
それぞれ状況もあり行けなかったことです。
社長が行ったのに、私は行けなかった。などと決して思わないように。
地元を守る人も絶対に必要なのです。

来る年も同志とともに、元気に精一杯、生きて行きます。
マルタングループ経営責任者 丹下喜代範
追伸:まだまだこんなもんじゃありませんよ。オイラ達!!!


仲間が増えると言う事。


若い社員から相談があるという一本の電話がありました。内容は所帯を持つと言う内容です。今年は、震災の関係でなにかと面白くない事ばかりでしたが、やっと良い話が聞けたような気がします。奥様となる方とも話をし、とても明るいいい女性と感じました。これなら必ず良い家庭が出来るはず。会社の忘年会に来るようにお願いをしていたのですが恥ずかしいということで・・・・・。
しかし、そんな事私には関係ない!
(来なさい。)と押し通し!でました。今年の忘年会!!!いや結婚披露宴会!
新郎新婦も何のことか分からず、ピカピカ虎チョッキを纏いアイアイ傘で入場です。
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(お菓子が欲しい子供は、前に来て名前とおめでとうを言いなさい。)
来るは来るは子供達。
後は、準備していたお菓子を会場に来ていた社員の子供たちへ新婦からプレゼントです。
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今年も良い忘年会が送れました。震災の関係で今年は自粛しようかと考えていましたが、西やんのおかげでやって良かった。
さあ、新しく仲間が増えました。身を粉にして来年も頑張らないと!!!
それではみんな、メリークリスマス。素敵なイブを

同志


農業を始めて、早5年。そして野菜農家になって、まだ、2年目。
毎日12時間労働で休みは本当になし。理由は簡単だ。早く軌道に乗せたいから。
どうしても、後2年以内になんとかせねばと考えています。
だから、休みもいらないし、12時間労働だろうが、への河童だ!!
人間おぎゃーと生まれてから死ぬまで仕事だ。三途の川を渡れば楽になれる。そうなるまで精一杯元気に生きて働くのみ。
失敗だらけの1年目。しかし、今年は違う、苗場ができて、自分たちで苗を育てることが出来だした。だから自分たちのタイムスケジュールで植え付けができる。それに土作りも慣れてきた、天気予報と睨めっこもできるようになった今日。そして里芋は大豊作。青ネギの栽培技術は確立され今や90%以上の確立で秀品。
今、だんだん村では、毎日何かを収穫し、毎日種をまき、そして毎日何かを植えています。これ農業を回転させるのに必須条件。つまりこの行為はすべて売上につながるのです。
そして、だんだん村は一先ず回転してきたように思います。それに現在、今年計画していた以上の面積に野菜を植えています。
みんな必死です。しのちゃんにひーやん。文句を言わず黙々と働きます。
大借金を返済するため。その為には毎日・種まき・植えつけ・収穫・出荷です。
こいつら、作業が終わっても家にはすぐに帰りません。その後事務所で1時間は、明日の作業・圃場の確認の打ち合わせをしています。お互いがお互いを認め合っています。
素晴らしい、同志達です。今私たちの合言葉は、【必ず、のし上がって見せる!】
来年の売上目標4700万円。
そして、私たちの大きな目標。
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今に見ておれ!日本中に、このキャラクターを出回らしてみせるぞ!!!
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                     by職長


人の縁


会社に行き、祭ってある神様の朝の行事をしていると・・・・。
何やら荷物があり、送り先を覗いて私ですが、送り主はさっぱりわかりませんでした。
荷物の封を開けると私の大好物のお酒である。もう一度送り主を見返しても記憶がない。
ふと荷物の中を見ると一通の封筒があった。
読んでみると。三回目の東北出張(岩手県大槌町)にボランティアで社員と同行した際、社員が汚れた手を洗わさせて頂いた家のご息女からのお礼のお手紙であった。
私は、四回目次男と次女を連れて大槌町と陸前高田市そして福島県南相馬市と郡山市を訪れた。
大槌町はここから約1400km離れた地である。
今回訪れる理由は、貴重な水を頂いたあのご夫婦どうしてもお礼が言いたい。という思いがあった。
飲めない日が続いたのに、何の苦労も知らいない社員がただ手が汚れているからと言って借りた手押しポンプの水。けどあの水は命の水である。
その際、だんだん村で今年採れた新米をお礼の傍ら持っていったのである。
そのお礼の文が便箋にビッシリ書かれてありました。
昨今、人の苦労は見ないで自分の苦労は誇張する政治家・官僚・地方公務員は沢山いますが、私は今回自分では当たり前と思ってしたことがこのような形で実った事を心ざわめく思いで本日過ごしました。
たった数回の東北訪問でしたが、会話ができる見ず知らずの人が出来て幸せに感じています。
お手紙を下さったご息女様にも逆にお礼を言いたい。
私は、これまで沢山の方にご迷惑をかけて参りました。けど今日まで人様の生活を受けれるのは、この世に生かされているからだと思います。
だから、今後は大貧乏になっても自分が生きているのであればこれまで沢山の方に助けてもらいましたので、これからは少しでも人の助けの糧になりたいと思います。
もう一度岩手県大槌町に行きたいと思います。
なぜ?って
岩手県大槌町にのあの場所に行けば、私の事を知ってくれているあの方とご息女がいるからです。
震災がなければ決して、知り合えることのなかった人たちです。
けんど、あの人達は今も精一杯元気に生きているのです。

お礼


今日会社に行くと蘭の花が飾ってあった。
なんでだろう?
見ると知り合いのとても賢く素敵な女性からだった。
わざわざ、大臣表彰のお祝いと言う事で送ってきれたみたいです。
花はもちろん美しいですが、それよりも私どもの為にと心づくしがうれしい。
大臣賞を頂き委縮する毎日でしたが、少し心が和らぐ思いがします。
これからは、この女性と花のように、美しい心を持ち厳しい時代を乗り越えていきたいと感じています。
これからも表彰に恥じぬよう肝に銘じた一日でした。
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義理と人情


こんなタイトルを付けると、あっち系などと思う人が多いかもしれませんがそれは違います。
私は、任侠は好きですが、あっち系は苦手です。
ここで誤解を生じないようにお願いしたいのですが、任侠=あっち系と思っている人が多いと思いますがが、それは全くの誤解です。任侠集団の方は、強気を挫き、弱気を助ける集団なのです。
そうでないと、清水次郎長の話が後世に残らないでしょ?
義理と人情・・・。私の大変好きな言葉です。
よく私の父が、義理と人情を計りにかければ・・・・・・。などと言う言葉を私が小さいころよく聞かせてくれました。
だから、私も受けた義理は人としてお返ししたいし、
人として、人間の情けをいつも分かりたいと思っています。
実を言うと、7月に行ったボランティアの旅、あの時忘れてしまっていたことがありました。
それは、亡くなった方々にささげる一輪線香。準備をしていたのに供えるのを忘れてしまいました。
帰りのバスの中で、《また来ます。》と念じました。
そして、被災した方へ何の気なしに、[ボランティアで手が汚れたので手押しポンプかしてください。]と言った社員がいました。
しかし、被災した方は命の水です。
被災した方は命の水。被災しないものは毎日蛇口を回すと出て来る水。
申し訳ないと心から頭を下げたことを思い出します。
そんな折、次男と次女が私も見ておきたいと申し出たので、遊ぶで行くのなら許さん。と言ったのですが、そんな気持ちではないと言うのでこの連休に連れていきました。
行先は、岩手県大槌町・陸前高田市です。
その時、《そうだあの時にもらった水のお礼に新米を持って行こう。もちろん線香も持って行こう。》と思いつきました。
あ~!あの時の事はこの事かな~!と自分で思いつきました。
あの時、昼食をとった建物はすでに解体が始まっていました。
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そして、あの時お水を貰った家に行きましたが、応答がありませんでした。せっかくなので、新米を置き、名刺に伝言を書き後にしました。その後一輪線香を唱え帰路につきました。
あのご夫婦は・・・・?と考えながら。
子供たちも、無言で周りの景色を見ていました。人間は弱い、けど[どんな時でも生きなきゃならん]と言う考えを持って欲しいと思います。
そして、今日うれしいお便りがありました。そうです。岩手県のあの夫婦から。
私は留守をしていたのですが、心温かいメッセージを頂きました。
人の情けは、経験した人ほど大きくそして暖かい。
ありがとうございました。
男の世界で大切な事は、口約束(破るのは簡単、知らない!で終わり。しかし、それからの人生、決してそれで終わらない。そして受けた義理と与えられた人の試練の気持ち分かる男子と思います。



再生作業も大詰めと農業参入のご質問について


二月から再生に着手した水田もいよいよ大詰め。
トラブルは沢山ありましたが、夢の農場まであと少しです。
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水田を再生する技術は、この地域においてトップクラスと自負させて頂きます。
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水田には、それぞれ癖があります。これは人が見てすぐに理解できるものではありません。
恐らく理解できるのは、1回作付けを失敗しその後だと思います。
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今では、見違えるような景色になっています。
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すでに、単棟ハウス2号棟・3号棟では土作りの真最中です。
今回、肥土がかなりやせていたので、堆肥は、バーク堆肥に変更です。
そして、山砂を3a当り10t補給しました。
砂は、効果てきめんです。
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そして、5号棟ハウスでは育苗棚の建設に着手。
ここでは、年間12万本の苗を育てます。
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それを見て、だんばーも、うれしそうです。
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日本人、せめて日の丸ぐらい掲げましょう。
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農業への新規参入を考えているS様。ご質問ご思想等、沢山聞かせて頂き誠にありがとうございました。
けど、お話をした通り、やはり農業への新規参入は、もう一度考えなおされることをお進めします。
【お前だけ!いい思いを】と感じられるかもしれませんが、お話した通り、今私どもが痛感しているのは、農業【現場】を知らいない人たちがいくら、政策を沢山作っても、馬の耳に念仏です。それに政策はいとも簡単に変更します。まず企業ではありえません。少し前、私は農業参入に対して大変後悔していた時期がございました。その理由はあとで述べさせていただきます。もし、S様に余裕があるのであれば違う産業への参入をお進めします。日本の農業がこれからも衰退していくことでしょう。
どうしても、おやりになりたいのであれば下記の内容を参考にしてみてください。
お話と重複すると思いますが・・・・。
1.生活費と運転資金で3年から4年の費用が必要です。その他に農業用施設・機械の費用が必要となっってきます。おおよそ、5000万円程度必要ではないでしょうか?雇用を考えると。
個人で行うのであれば、2000万円程度でできると思います。
2.休日は、月に2日取れればいい方と考えてください。
3.朝6時過ぎには働き始め夜暗くなるまでの作業が一般的です。
4.賃金は、ハローワークに示す最低賃金を確実に下回ります。
5.知人の農家さんの話です。毎月毎月農機具代と肥料代で支払に追われる始末。と言っています。
上記の内容が理解できる我慢できるのであれば参入をおすすめします。
それくらい、日本の農業は悲惨です。
だって、政策を作っているのは皆、背広を着れる人たちです。土日に旗日は休める人達です。
無論決まったお給料にボーナスだってある。
いい制度があるますから、【農業に是非参入してください。】と言ったって、その制度を作った人たちは、退職後、数千万円もらった退職金で農地を買い農機具を買い、良い制度なら利用して参入すればいいのにと思いません?
今、だんだん村の社員の月の休日目標は、2日です。【休め!】と言っても休まず出て来る連中ばかりです。だから先にも述べた通り新規参入して後悔した時期がありました。
毎日社員は自答自問しながら、朝早くから夜遅くまで働いてくれています。頭の下がり、そして大変深い感謝の念だけでございます。
S様これが私の回答です。


私の義理と人情の塊の精鋭集団です。


本日仲間から一枚の写真をもらった。
岩手県での集合写真である。
自分の生活を顧みず、苦労を朋にできる仲間は宝物です。
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皆、同じ志を持ち、1400kmの旅に私に同行してくれた仲間達です。
被災地近くの道の駅より

皆様へのお礼と被災地で感じた寂しさ


月曜日無事に愛媛に帰ってきました。生活救援物資を提供してくださりました皆様、本当にありがとうござしました。岩手県大槌町役場の方から心温まるお言葉を沢山いただきました。
これは、すべて皆様方の人を思うお心尽くしと思います。
15日21時、皆様の物資をバスに積込出発。これから約19時間の旅です。
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大槌町のある点?ある線?を超えた途端に町は豹変します。
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そして本日の第一目的地、岩手県大槌町ふれあい公園が見えてきました。生活支援物資の仮貯蔵施設です。いよいよ長い道中も何とか乗り越えてきました。
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そして大槌町役場の方とお話をし受付を済ませる。
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敷地は広くそしてとても大きな仮設用テントが幾つも建てられています。そして、皆様から預かった大切な物資をお届けしました。
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たくちゃんに勇人くんに自衛隊の方々も手伝ってくれてバスの中はあっと言う間に空っぽに。
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今回の物資は、ハエ敲きにハエ取り紙、フマキラーに、蚊取り線香。扇風機に洗剤に缶コーヒー。
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大槌役場の方々と自衛隊の皆様が最後まで見送ってくれました。
最後に【遠くからありがとう】と、感謝の言葉も頂く事に。
こっちは、ただ高速を走って来ただけなのに。
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段ボールの数は24ケース。本当に皆様ありがとうございました。代表でとにかくお渡しできた事に今は安堵してります。
しかし、被災地は、法律の狭間に立ち翻ろうさせられています。人を守るべき法律が今被災者を苦しめています。
さて、これから、ボランティアです。少しでもゴミを片付けてきます。

日本の震災


私は、阪神淡路大震災の時、歩いて三宮から須磨区まで、テントを担ぎ歩いて回りました。
テレビでは見えない、シーンを数々見させていただきました。そして匂いと・・・。
心に残っているのは、苦悩している日本人がそこにいると言う事です。
今回の東日本大震災。
やはり、困って苦しんでいる、同じ日本人がそこにいます。
私は、そこに社員を連れていきます。
テレビでは、画像でしか見れないものがあります。
しかし、大切な事は、被災地の風と匂いを体感することが大切と思います。
昨日、岩手県大槌町の役場の方とお話をさせていただきました。
言葉の響きは、まだまだ私達同じ日本人に訴えています。
ボランティアも含め、7月15・16・17・18日
岩手県大槌町に行ってきます。
今は、腐敗臭とハエに苦しんでいると聞いています。
お取引各位様より沢山の生活支援物資を頂いています。
その物資を持って岩手県に行きたいと考えています。
出発は、7月15日午後19時です。
出来ればボランティアもしたいと考えています。

株式会社だんだん村:全体営農計画


農業に本格参加し、自分なりに農業経験を積まさせて頂き大体の事は分かりました。
ほんの少しの少し。
そんな中これまでの集大成でもある今回の土地購入とハウス建設。もちろん経営者としての思い付きでは一切ありません。耕作放棄地再生利用交付金を利用する場合。結局は他人の農地の再生の為に国民の血税とだんだん村が金融機関様から借り受けをして資金にて再生をするということです。
今まで、だんだん村では、設備に関する費用(農機具関係)についてこの制度を利用させて頂きました。
農機具は、建設機械と一緒でなければ人件費が高騰するという簡単に理論式が導くことができます。
初年度のブロッコリーの作付けで私なりに理解ができました。
役員と連日連夜本当に協議を続けました。続ける農業を目指すのか、無理なら辞める農業を目指すのか。しかし、耕作依頼のスピード・急激な農地の拡大は待ってはくれませんでした。
特に困った依頼は
1.だんだんさんがしてくれなければ後やってくれる人がいないので耕作放棄地になる。
2.主人が病に倒れて耕作が出来なくなった。周りの方にお願いしても誰も引き受けてくれない。
3.農機具が壊れて農作業ができない。新しく買ってまで、もう年齢が高いのでできない。
特に印象に残っているのは、身寄りがいないので農地を無償で提供(差し上げるので)するのでやって欲しい。
理由は、様々です。今年は申し訳なかったのですが、2月末以降の耕作の依頼は、ご辞退させて頂きました。約2.1haくらいあったでしょうか。
急激な農地拡大は、作付計画が遅れ、役員や社員に対して過酷な労働が更に増えます。それでは続く農業などできるわけもなく。
役員・社員はこの農業の問題に対して本当に真面目に取り組んでくれています。休み返上。早朝に深夜作業。申し訳ないの一言につきます。
しかし、その役員・社員からは過酷な農作業に対して辞めたい。と申し出てきたものは一人もいません。
そして、その者達は続ける農業を選択しました。
だから今回この農地の購入を私は選びました。
この農地は、だんだん村ひょっとすると10年後のマルタングループの糧になると考えています。
これまでは、機械購入に制度の利用を活用しましたが、今回施設に対する利用を行いました。
ここをだんだん村の基地と使用と考えました。耕作放棄地再生後の田や畑にここで育苗を行った、野菜の苗を定植し出荷。
野菜農家にはたくさんの野菜の苗が必要となります。
今年4月末までに、だんだん村では250万円相当の苗代がかかっています。(野菜のみ)
これでは、続く農業ができないと感じたため、自分の所で育苗を行う決心をし、その為に農地購入とハウス建設に最終的に決済したわけです。
ここで、できる育苗は、60日間で約2150枚。年間12900枚。60日は真冬を考慮してです。
育苗設備は、我々がこれまでに経験した、底面給水栽培で行います。
これで栽培すると、昨年のように猛暑の場合でも苗が、もやしのように、とちょうせず元気に育ってくれます。
後は育苗ハウスの建設認可が下りるのを待つばかりです。
そして、これが5月15日現在の全体計画図です。

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だんだん村、耕作放棄地再生完了


いよいよ、だんだん村が購入した農地の耕作放棄地再生が完了しました。おおよそ1か月。その間、客土工事・暗渠工事・排水工事・産業廃棄物撤去工事そして、3棟のハウス建設を行いました。
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出て来るがらくたやごみを毎日のように撤去し。
作業にかかる前はこんな感じでした。
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今では、周りのお百姓様もビックリするくらいの変身!!
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土地の神様もさぞ喜んでくださっていることと思います。
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奥の3棟のハウスには、すでにさまざまな農作業が始まっています。
有機農法を確立するために土作りを行っています。
耕作放棄地でしたのでとにかく土地は痩せていますので堆肥やもみ殻に藁そして有機肥料に米ぬかを散布します。
このハウスは、通称2号棟です。向かって左側。
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向かって中央と右(3号棟・4号棟)ではすでに水稲の育苗を行っています。
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後の敷地には、今度は、間口7.2mの3連棟ハウスができます。ここでは主に野菜の苗の育苗を行います。はたして、7月の育苗に間に合うのか・・・・。
建設開始は県庁様からの通知待ちです。

無題


どうしても、行きたい。行きたい。どうしても。
一人でも行きたい。現場に。
行かせて欲しい。私は、行きたい。

頑張った社員たちへ


本日小雨が降る中、ため池の改修工事の竣工検査がありました。
昨年から今年にかけて雨と雪が多い年末から年度末でした。このような土を多く触る工事現場に雨や雪は、工期と品質に大きな影響を及ぼしますが、今年も社員は本当によくやってくれました。
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このような天気が続いた場合、現場を守るためは不眠不休ではないかと思います。すべては会社の為。手を合わせたくなる光景です。本当によくやってくれました。
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今日は、現場代理人の誉れの一日です。
お疲れ様でした。今日はゆっくり休んでください。

農業生産法人の経営について


経営者にとって、この平成の大恐怖時代はまさしく神経を病んでしまうぐらい大変なものになっている。
経営者にとっての最大の苦闘は、仕事の受注と資金繰りである。
それさえ気にしなくていいのであれば経営というものは安易ではないかと考える。
特に沢山の労働者を抱える経営者は毎日不安と闘っているのでしょう。
もちろん私もその一人ですが・・・・。
農業法人を立上げ経営はすでに5年が過ぎようとしています。
その間いろいろありました。中途半端な農業法人でしたので、一時期休止を考えていたのですが、妻からどうしても農業は続けて欲しい。との強い希望もあり、もちろん何にでも興味の持つ私は、ならば中途半端では企業経営は成り立たない。思いっきりやるぞ。と妻に決意を伝えすでに2年と数か月がたちました。その間地元農業委員会様に認められ晴れて農業生産法人となのることができました。
一般的に農業生産法人になるためには、農業経営改善計画認定申請書を農業委員会様に提出し認めてもらう必要があります。
今から思えば私も全然だめだな~と思ったのは、認定農家に成りたかった私は、知人に聞き第一回目の提出は、ほとんど他人任せでした。
その後、その計画書がすべての運営の礎であり、すべてがその計画書で動くことを知りました。(笑
その後、1年間に2回変更届を提出いたしましたがすべて私が作成いたしました。
だから、算出根拠はすべて理解いたしております。
経営者が計画を立てるのは一般的には当たり前のことでそれすらしていなかったのは経営者として失格と今は痛烈に反省をいたしております。
農業に参入当時は、色々な方から、なぜ農業?農業は儲かるの?などの質問責めでしたが、いつも答えていたのは、
【私は内需産業でしか働けない人間です。今更外需に目を向け海外で渡り歩くほどの器はありません。】
【今すぐ儲けなくてはいけないのですか?儲からないからしないのではなく、どのような計画をしたらいつ頃から経営が成り立つのか考えるのが経営ではないのですか?】と答える毎日でした。
実際スタートを切り、農地の集約面積も周辺の農家の方と肩を並べる位になってきた頃、非常なまでに経営的不安感を感じ始めました。
それは、色々なことが見えない。特に数字が見えてこないということです。
建設業の場合、この大不況の中でも図面をもとに見積もりを行い、幾度かの値段交渉をさせて頂きその後契約に結び付きます。その時点(所謂、工事を着手する時点)で、売上が分かります。
農業の場合、やってみなくては分からない。建設業や他産業のように事前に売上(数字)見えないという不安感です。これでは、企業的に経営は成り立ちません。
ならば、事前にその数値を読み取れるものを考えればいいのではないか!
建設業で培った工程管理・原価管理をもとに自分の理解できる計算式を考えて、農作業にかかる前に計画上の数値が見えればまだ、今とは違い経営的不安感は多少減るのでないか考え出したのが、水田別作付管理システムと原価管理システムです。
水田毎の癖を考え作付計画を行います。1年間のタイムスケジュールとします。そうすれば、何作作付が可能かわかります。特に後の農作業へ影響するから収穫時期を明確にする必要があります。
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続いて、売上目標です。作付計画から算出された、作物と面積から売上目標が立ちます。
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ここで、大切なことは、L資金とかS資金などいろいろな所から資金を受けている場合は、計算式をリンクさせる必要があります。
それと、売上の中に交付金・補助金を含んではいけません。これは税法上雑収入となるからと、政局により変わるため企業経営にこれを見込んでは危険と思います。特に今後TPPを考えれば。
あと大切な事は、右上にある土地の回転率。昨年までは、104%の回転率ですが来期は、130%以上になっています。これをなんとか150%以上にしたいと考えています。
㈱だんだん村の決算期は4月です。すでに第5期(当期)については、売上見込がでています。
うれしいのは、第6期(来期)についてもすでに売上計画高が算出されます。
すべてのDEATは、私たちの過去の実績と周辺の方からの聞き込み調査で入力しています。
あるセミナーでは、作付計画をしてもその時雨が続いり何かの事情で植えれなかったらどうするの?売上などすぐに変わるではないですか?とのご質問もありました。
しかし、私は、企業経営を行う際、売上目標は必ず立てるものと思います。農業の売上目標は作付計画にあります。植えれにのではないか?ではなく植えるのです。植える方法を考えるのが経営者ではないでしょうか。と回答させて頂きました。
平成25年度には、単年度決算で黒字化を目指し、平成27年には損益点を変えたいと思います。
妻が応援してくれる以上、なんとかしないといけないと考える毎日です。


2011年元旦安全祈願祭


皆様、明けましておめでとうございます。
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マルタン通信ご覧の皆様もおめでとうございます。
今年も是非、お客様・地域の皆様に必要とされる企業創りを目指して頑張りたいと思います。
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本日、元旦ですが沢山の社員の皆様が集まってくれました。
奥様・お子様を連れて、お孫様を連れてなどなど沢山のマルタングループの皆様が恒例の安全祈願です。
石鎚神社に御神像拝体神事をとりおこなうため集まってくれました。
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今年も変わらぬメンバーで精一杯頑張って生きていきます。
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政治に頼らず、国に頼らず。今まで私達を助けてくださったお客様と今年も元気に生きて生きたいと思います。
本年もよろしくお願いします。


忘年会


今年も無事終わり。今日は忘年会。
いつも気になるのが、今年は何人来てくれるのだろう?
と考える。来てくれる人が減るという事は私の一年の出来が悪かったという事。
鬼の経理部長曰く
「社長!今年はめちゃくちゃ少ないよ。景気も悪いし仕方ないね~」と言われる始末。
『景気悪い言うたって、会費とってないでしょう?』
と訴える。
『そんなんじゃ~寂しいな~今年の忘年会は・・・。』
そんな事を思いながら受付に行く。
すでに、妻は来ていて何やらしている。
『それなに?』
「なにて、社長がしろ!と言っていた宝くじ」
『そんなに、いらんのと違う?』
「なんで」
『だって経理部長今年少ないって言ってたよ?』
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「はぁ?社長何ぃ言よるん。参加者100人超えるよ。椅子の追加と料理の追加大変やったんやけん?」
『本当?』
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さぁ~!祭りや祭りや~!
皆一年のあかを落としてや~!
今年は、私の挨拶はありません!!
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皆!来年もがんばろ~ぜ~!
そうそう、沈没した私であった。
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皆様よいお年をお迎えください。


だんだん号納車and御祓い


大安吉日。一粒万倍日。秋晴れの19日。いよいよ待ちに待った納車の日です。
遠くに道前平野が広がります。
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お払いをしていただくところは、もちろん石鎚神社。

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ベンツ・BMWはたまたフェラーリとんでもありません。
ダイハツ・HIJET・デッキバン:4AT黒そしてIpot対応ナビ付き。と超贅沢車
軽トラにしようかと迷いましたが、6月に買った軽の箱バン数週間で社員がいるということで取り上げられました。
これなら誰にも取られまいと決めました。社長が買っても優先すべきは仕事と段取りの優先!これ当たり前ですけど。
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おまけにシール付き。
畑作業のやはり60は大きすぎます。その為農道を壊す恐れもありますのでやはり軽の方が安心です。
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さて、また一生懸命に働かないと。


農業新規参入セミナーで講演


11月11日、今治地方局 大会議室で農業新規参入のセミナーが開催されました。
なんと、その講師に私がお話しすることに。
拳を振り上げ見下すような視線。そぅこれが平成のアドルフ・ヒットラー
て違うちゅーの!!
内の部長が私の講演中にわざわざシャッター音を出しながら撮影したため、不機嫌になっている顔である。
思わず。(そこ静にした前)と言ってやろうかと考えましたが、後で嫌われてもいけないのでやめました。
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参加者の方は、製造業・建設業・食品加工・県・市・商工会の皆様でした。
しゃべりだしたら止まらない私。結局6分間時間オーバー!

話の内容は以下の
補助金目当ての農業はできない。
サラリーマン的農業はできない。(朝8:00~夜17:00)
社長が後は、やっとけよ。では農業はできない。
本業の決算書が理解できていない社長が異業種参入するのは到底無理。
いい制度があるというけど政治が変われば条件も変わりいい制度とは言えなくなる。
などなど
テレビ局も来ていたけどあれはいつ放送されるのでしょう?
また、社員の皆に叱られそう!


ダイキ新居浜。産直市


今月より、ダイキ新居浜店産直市に出展です。仲良し農家の方の食材も運搬です。
キャッチフレーズは、体育会系 農家集団
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将来は、この農家の方々と6次産業進出を考えています。
売れ行きは、バツグンなのですが、少し遠いです。まぁ、みしょうMCよりは遥かに近い。

農業の資金繰り


会社の経営をやっていて一番困るのが、
本業の場合、工事を少しでも良い値段受注する事。
農業の場合は、少ない面積でいかに効率よく沢山それに市場ニーズを考えながら野菜を作れるか。
である。
そして、一番大切な資金繰り。
この、人を遊ばせない方法を考えるのと資金繰りがなければ、社長など誰でも出来る代物ではない香と思う。
そんな中、なぜ今の所ですが、私に社長業が出来ているのか不思議でなりません。
本業の場合は、50年余りの実績と信頼があり、それに自慢ではないですけど、私が10年余りかかって作った社内の経理ソフト(過去の決算を元に予算作成書→見積書作成→実行予算書→工事発注予定書→工事請負注文書→支払い伺書→月毎収支報告書)がある。
他の社長は、売っているソフトを買えばいいのに、と言われますが、自分の会社の経理に会ったものなどそんなにあるものじゃない。それに市販用では、私が知りたいところとリンクしない場合も多くある。
これにより以前よりかなり月毎のお金の流れは把握できるようになったし、経営も安定しているので問題は特にないと思う。けど、経営は生き物ですから今の時代安心はできません。
特にこのソフトは、監査の折、一度税務署の方にも見ていただいた事がある。
もちろん立場上、それが良いとか悪いとかは言っていただけませんでしたが、この規模の会社ですごいですね。という言葉を頂き、こちらもとても嬉しく感じました。
取引銀行様には、定期的にこちらから足を運び現状の報告を行っています。
銀行の方が(どうなっていますか?)などと聞きに来られてからは遅いような気がして。
後は、とにかく嘘をつかないで正直に答える事。悪ければそれを打破するために現在行っている事を詳しく説明すれば大きな問題には発展しないと思います。
そして、ここまでは大したことはないのですが、大変なのは、この農業の会社。設立時より大変さは分かっていたのですが、やはり大変。そぅ資金繰り。
昨年などは、お遊びですが、今年からはそうは行かない。
露地野菜転換後は、大きな問題なります。
もともと、農業は収穫するまで一切お金が入ってきません。つまり収穫までは、金なし状態。
社員に給料を払い、種代を払い、肥料に堆肥に燃料代に機械の償却費。
毎月毎月がドキドキ者です。しかし、体験よりこれは一般の人など新規参入はかなりの確立で難しいと思います。それに、本業に比べてかなり、細やかな計画が必要です。
そして、得意な?エクセルを駆使し、作りました作付け計画台帳。昨年のものより内容を一新。
そして、資金計画表。これも作付け台帳からリンクできるようにしています。
この作付け計画と資金計画表によりおおよその売上が把握できます。
これ、本業で言えば実行予算のようなもの、これを経営者が自ら作成できるという事は、現場を知っている証であると思います。
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それにこの他、各野菜毎の単収なども記録しています。
一般的に出回っているのは、少しアバウトすぎるし、私達の実力の場合、それ以上の時もあるし、それ以下の時もあるし・・・。
きゅうりだってそう。
1本当りの質量を定期的に記録。だんだん村の場合平均85gで収穫しています。
きれいなきゅうりでしょ~。
これが、後に売上などの計算に役に立ちます。
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しかし、誤差が±10g以内で収まるとはさすが、明野親分
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ブロッコリーも計量します。出荷計画は、L・2L・3Lですので、全て計量します。
L:400g、2L:440g、3L:460gです。1本の苗に1本ですから(脇目は採らない場合)反等当り、128苗箱を35枚定植しますからこれも計算に役に立ちます。
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そして、来週には計画書の作成が完了します。
資金繰りを気にしなくていいのなら、農業ってとても楽しい職業なのに・・・・。

ノーベル化学賞受賞


すみません。画像が悪くて・・・。
この方、皆様ご存知の通り今回ノーベル化学賞を受賞した、鈴木章様
この方のすばらしい事は、自分が過ごしているこの日本と言う国を理解している事。
この方の言葉を借りると、
【日本は資源のない国、だから世界と渡り合うのであれば技術を磨かなければならない。だから理工学は、大切なのです。若い学者が十分に生活でき学習ができる環境を作ってやってください。】
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これが、本当だと思います。日本は資源がない国。日本人は、俯いて汗をかき勤勉で強かさを持ち寄っていた国民。それが今では休め休め。同じ日には、宮崎の知事も、日本国民は休暇を取るのが下手。という事でTVに出ていましたが・・・・。あんた?アホ!
資源がない国が、外国と渡り合うためには売るものを見つけなければならない、それは技術!
今は、その技術も外国に吸収される始末。
今日本は、貧乏の国なのです。勤勉で汗水垂らして俯いて働かなければ、君たちが言う、【休日をずらして経済効果を図る。】なんて事は夢物語ですよ。
もっと、足元を見て改革を行いませんか?
と、言っても無理か年収何千万円もある方に。

長野県農業視察


高原野菜で有名な長野県川上村に農業視察に行ってきました。片道645kmの旅。しかし学ぶ事は沢山ありました。
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ここは、半年間で、レタス、キャベツ、白菜を栽培し、レタスの出荷量は、日本の約70%占め第一です。
見渡す限りのグリーン広場
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余りにも画像が多い為、だんだん村の農業日誌において少しずつ大きい画面で掲載していきます。

霊峰石鎚山


今年も社員と協力会社またその家族の皆様と石鎚山頂まで行ってきました。
霊峰石鎚には、山頂までに4つの鎖を上らなければあがれません。試し鎖(上り48mそこに岩峰と言うところがありそこから今度は、18m下ります。)・一の鎖(33m)・二の鎖(66m)・三の鎖(68m)。手を離して落ちればただではすみません。もちろん迂回路もありますが。
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白く見えるのは、三の鎖を信者の方々が登られているところです。一心に一年の悔いを改め反省し登ります。
迂回路も安易に考えては行きません。一歩踏み外せば数百メーターは滑落します。
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写真は迂回路の階段です。
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宗教と違い、信仰は自分の心への問いかけです。苦しくともそこにたどり着けば静かに手を合わせる場所がある。自分の一年間の心清める場所。そんな場所がこの霊峰石鎚山です。
これからも社員と協力会社そしてその家族の安全をお祈りする為私達は上がり続けます。


サクランボ


だんだん村でもついにサクランボの栽培を始めたか?と思うでしょうが、これは違います。
本社にあるサクランボの木。毎年実がなって私の舌を喜ばしてくれるのですが、もちろん無消毒。
例年に比べ今年は、沢山の実を付けていました。
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緑の葉っぱのの中に赤い実がなるサクランボは見ているとなんかしら心が和みます。

3月5日のニュース

3月5日の夜9時の民法でのニュース番組。思わず飲んでいた杯を置いた。その内容が非常に気になる。翌朝、私は日経新聞をとっているのでひ社会欄を見たがでていない。なんで?
ネットで検索したがでていない。なんで?
この問題は日本の地域農業の行く末を左右する問題である。

記憶をたどり記載すると以下の内容である。
画面上に社民党党首・現消費者少子化対策大臣:福島瑞穂大臣の話である。この大臣の話が悪いという事ではないので誤解のない様にお願いしたい。また内容について、詳細に記載できない部分もあると思いますので趣旨を理解する程度にお願いします。
厚労省及び福島瑞穂消費者少子化担当大臣、国内の土壌汚染の実態を公表するように環境省に申し入れ。
環境省は、厚労省との目的の趣旨が相違するため今回公表を見合わせた。述べる。
土壌汚染すなわちカドミウム汚染である。日本では0.4 ppm を越える水稲は流通できない。
5年前に国は、全国でカドミウムの土壌汚染を全国の都道府県に調査を行なう指示。これを今回公表するようにと福島大臣が消費者の立場から環境省に申し入れたという内容である。
カドミウムとは、カドミウム(Cadmium)は原子番号 48 の金属元素である。元素記号は Cdであり、いわゆる亜鉛族元素の一つ。安定な結晶構造を持つ、六方最密充填構造 (HCP) の金属を成す。融点は 320.9℃。化学的挙動は亜鉛と非常に良く似ており、常に亜鉛鉱と一緒に産出する(亜鉛鉱に含まれている)ため亜鉛精錬の際回収されている。軟金属である。
カドミウムは人体にとって有害(腎臓機能に障害が生じ、それにより骨が侵される)で、日本ではカドミウムによる環境汚染で発生したイタイイタイ病が問題となった。またカドミウムとその化合物はWHOの下部機関IARCよりヒトに対して発癌性があると(Group1)勧告されている。

この内容だけを見れば日本でそんなに問題があるのか?と思われる方もいるとは思いますが、ただ申し上げたいのは、人工的に作ったものを川や土地に廃棄して上記のようなイタイイタイ病の原因を作ればこれは言語道断である。語る予知もない。けどそれだけでもない。
地形や地理によっても左右されるのである。特に火山国では。
すなわち重金属の物質だから地中に含まれる場合も多くある。現在国際基準では、EUの基準が世界基準になっている。けどこの基準となっている国では火山はない。
では、日本国内でこのカドミウムが出た場合どうなるのか?
EU基準を上回る恐れがでてくる。
では、危険なの?
私の隣町(現在は合併して同じ市である。)では数年前、このカドミウムに汚染された米160tを横流し食用米として販売して逮捕に至った事件があった。
けどその周りには工場など土壌を汚染するものは、はなにもない。昔から農業が盛んな地域である。
私が思うに地形がそうもたらしたのだと思う。鉱物が取れる地域では考えられることと思う。隣町では有名な銅山があった。
けどこの地域で基準をオーバーした米を作り食べて生活をしていたのかも知れないが、この地域でイタイイタイ病を発症した人は1人もいない。数百年に渡り。誰一人。
しかし、これが公表されれば、公表された町の農作物は大打撃を受けまた新規参入をしたいと考えている人が減ると思うし、日本の農業は壊滅的な打撃を受けると思う。
特に我が町では、日本百名水にも選ばれている所。その水でさえ汚染された水となり名水からは外されるでしょう。

 昨年まで中国から来た冷凍食品や野菜を汚染していたので輸入を禁止した日本。今度はその中国から色々言われるのではないでしょうか?
今後、我が社としてどうするか?
もちろんこの問題に対していち早く取り組み証明される第三者機関へ品質試験の依頼をお願いする予定です。

意見陳情書

ある方に頼まれて農政政策について意見書を書いた。送り先は秘密にしておこう。内容は以下の通りです。素直な気持ちを書きましたが、どうしても体育会剣道部出身の私としては、言葉が熱くなり語弊を招くことが多く。頭をぶたれることがいまだに多い。『反省しないと』と叫ぶ心と、『一度しかない人生、人の為なら多いに熱く語れ』と叫ぶ心がある。もちろん私の場合は後者である。ご批判は色々と思いますが一度ご愛読ください。

耕作放棄地の対策について
今回の対策事業の評価と致しましては、大変失礼とは思いますが『無いよりましだろう』という制度にしか感じられません。
現在3.2ha近く耕作放棄地を再生して参りましたが、現在の所、400万円近い損失が発生しています。
この損益を、いくらの農作物を販売すれば回収できるでしょうか?
今後、この取り組みをどうするかは、弊社といたしましては、現在の所、検討中でございます。
なぜなら、現在、日々耕作依頼が来ていますが、その水田は区画整理もしており、わざわざ、耕作放棄地で累積赤字を積まなくてもいいではないかということです。
弊社の親会社は、昭和40年より300haを超える圃場整備事業を行い、その実績は、西条市内ではTOPです。経験も豊富です。その技術と経験を生かしたとしても現状、赤字経営となります。
  再度、この制度をどうしたいのか、ご検討を頂きたいと思います。

実際問題、農業への新規参入をするまでは、補助金の話や助成金の話など沢山頂、『農業はいいよ、新規参入すれば?』なんて回答も沢山頂きました。しかし新規参入の入り口までは背中を押してくれますが、その入り口に一歩踏み入れ、振り返るとだれもいません。一人ぼっちです。
農業の大手企業、国家公務員、地方公務員の方にお聞きしたい事は、皆様が60歳まで働いて、2000万円か3000万円頂く退職金の一部を使い、農機具を買い揃え、農家の方から農地を借りて農業へ新規参入をする方が何人いらっしゃるでしょうか?と私はお伺いしたい。なぜ自信を持って皆様方が作られた制度が、一杯あるのにそれを利用して新規参入をしないのですか?なぜ、他人任せにするのでしょうか?
日本が生き残れるのは、農業しかないのが、なぜご理解できないのでしょうか?
  2050年には、日本は人口を9000万人割れとなります。これは第二次世界大戦前の人口です。そのときと違うのは、年齢の低い層からちゃんと正三角形のピラミッドになっていましたが、2050年のピラミッドは逆三角形です。
2050年頃には、国地方の借金は、2000兆円近くに膨れ上がるでしょう。
国内の優秀は企業は、海外に本店を移し、有能な学者は、海外に移るでしょう。
このような国を何処国が本気で相手にしてくれるでしょう?
国内には、国内でしか生きていけない日本難民が残ります。
けど、その人達も生きていかなければならない。そんな時代が既にはじまっている事を、みんな知っているのに、誰かがするだろうと見て見ぬ振りで終わる。
今、日本売りの話を沢山聞きます。その殆どがアジア諸国の裕福な人達です。
日本の名当たる物を買っています。
1.シャープの亀山モデルの大阪第一工場
2.都心のビルや土地
3.東京築地の大間のマグロ
4.東北・北陸の新米
つまり日本は、2050年まで、持ちこたえられない国になるのです。
だから、絶望感から年間3万人以上の自殺者が出ているではないですか。
今の国会答弁を聞くより、この3万人の無念を語る番組を見たほうがこれからの自分の生き様の為にも成ると思います。
国内工業は、壊滅的な現状となります。しいて言えることは、やっとその事に気付いた国民が本音の話が出来るということです。その時初めて、すべて可笑しいと思われる制度の改革ができることでしょう。けどこの時にはすでに遅いと思います。
トヨタの問題により日本は、更に二番底・三番底を急速に迎えるでしょう。
なら、なぜ農業か?日本の農作物の品質・安全の基準は世界でもTOPクラスです。これを最大限に活かせば、工業に変わる内需産業は必ず生まれます。
どうしても、農作物の全品種の輸出を視野に入れた計画を行うべきと考えます。
世界の価格競争に対しても安全性をPRすれば必ず成功すると思います。
築地の大間のマグロや東北・北陸の新米が良い見本です。まして、世界的な食料危機は、関東・東海・東南海地震が発生する確率以上に目の前に現実的に見えてきています。今が日本の農業のチャンスと考えます。
このままいけば更に国内の失業率は、上がる一方です。20年前までは建設業がその受け皿でしたが、その体力も既に使い果たしています。
その余剰人員を、輸出を視野に入れた農業政策を急務で行い、農業で生計が成り立つということになれば、今よりシフトする加速は増えて一気に耕作放棄地の解消・担い手の解消につながるでしょう。
どんなに優秀な人間でも、外国に移り住む人間の日本の米の味を忘れることは無いでしょう。
制度設計を根底から考え直す必要があり、それが難しいことも間接的には難しいと言う事はわかりますが、十二分に可能性はあると思います。そうでなければ日本は終わりと考えます。
私は、これからも私の知りえたすべての人脈の有効活用させて頂き助けて頂きながら、この輸出に向けた取組みをこれからも考えて参りたいと思います。
日本の農業は、衰退の一途とよく言われています。衰退しているからこそ、元気にする巾は大きいはずです。
活力を戻した時、日本の農業が今の日本を救うと思います。
現在、耕畜連携事業の取り組みもありますが、今一度人任せでなく、
日本の生き残りを賭け 国・耕・畜・国内企業連携=世界へ挑む。
のスタイルを取れる方が現れ、日本を変えてくれる事を熱望します。その為に『夜も昼もなく、お前は、働け』といわれるのであれば私はそうしますし、これまで私を信じてついて来てくれた70数名の社員もそうするでしょう。
40年先のお話をして、「お前その時、死んでいるだろ?」なんて笑われそうですが?日本国が潰れても私達の子孫は(実の子供でなくても)その時、がむしゃらに生きていく為に、満身創痍がんばっているのです。「俺は、先に死ぬのだから関係ない。」などとまた、他人任せにしないで、自分の欲だけにとらわれず、後世に残せる、自分達の生きた証を残せる、日本の将来に対して熱く語れる人の為にこれからも、精一杯元気に生きて参りたいと思います。
今の子供達や、やがて生まれてくる子供達の未来の為に、そして、その子供達の中から日本を必ず救ってくれる有能な日本人がいることを信じて、今からの農業に取組んで参ります。

平成22年2月24日
農業生産法人
株式会社だんだん村
経営責任者 丹下喜代範

2010年行動方針

2010年経営者及び幹部行動方針


堅忍不抜。
経営に携わるものは、安易に自分の考えを変え、楽な道へ逃げてはならぬ。逃げれば必ず我々の為に、働いてくれている社員が現場で苦労し、生活が脅かされる。しかし我々が苦労・努力し、正しい選択が厳しい道であり、それに挑めば、社員の生活は必ず豊かになる。

2010年社員行動方針


天網恢恢疎にして漏らさず。
悪事は必ず人々に知れ渡り、最後には罰を受けるという意味、逆に言えば『たとえ人に馬鹿にされようが、善事を続けていればやがては、人々も理解してくれ、信頼と信用を勝ち得るということ。社員一同は、これを実践に移し行動する事。

経営者が幸福を感じるとき

経営者になり今年で7年目になります。この間、世の中の大きな世情の動きの中で、社員とは色々ありました。毎年恒例の、1月1日元旦石鎚神社「御神像拝体神事・安全祈願祭」も寂しいときは50数人いる社員の中で私と共に行動してくれ一緒に参拝してくれた社員はわずか7名。これは記憶に新しい事でもあり私の経営者としての責任の不徳の至る所です。それが毎年徐々に増え今年に至っては、

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先代から仕えてくれている社員から、

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家族で参拝してくれた社員や、

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お孫さんを連れて来てくれている社員や

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一歳に満たない子供を連れて来てくれている社員や今年生まれる予定の幸せ一杯の社員とその奥さんを含め57名。こんな私と、年に一度の貴重な元旦の時間を「一緒に過ごしてもいいよ。」と集まってくれた社員すべてが私の宝です。これが最低限守ってやらなければ私の責務。今の日本の野に離ってはならない私の責務。経営者として守らなければならない社員の家族の絆だと感じ思わず、『おんどれー、今年も負けへんでー!』と痛感し、長の立場に就き始めて、幸福を感じたお正月になりました。


農業参入への問い合わせについて2

問2.新規参入の説明会・セミナーで色々農業参入促す説明会がありその時、補助金や農業
制度は優遇されているのでいいという話を聞きますが実質はどうなのですか?

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これはまったくでたらめというか私はそう感じました。人により違うかもしれませんが。
このようなセミナーも私も幾度か参加させてもらいました。もともと5年程前から農業参入を考えていましたのでどちらかといえば私は、農業生産法人設立の技術的なアドバイスを聞こうと思い参加していました。そのようなセミナー等に参加しても新規参入の入口まではいいことばかりのお話になりますが、いざ門を叩けば、「あれもダメ・これもダメ」が多い世界です。
確かに優遇制度はありますが、日本政策金融公庫 L資金・S資金 農協の近代資金などなど。
実際の話、日本政策金融公庫に相談に行った時まず言われたことは、
1.自己資金を優先的に使うこと。
2.グループ経営されているのであれば、まず親会社の主要取引行から優先的に資金提供を受けてください。
3.愛媛県の技術を取り入れているのであれば、愛媛県からまず始めに融資を受けてください。
4.金利が安いので借りに来ているのであればお貸しできません。などなど
今回の農業参入について融資等は現在の所受けないですべて自己資金と親会社からの融資で運営を行っています。
まず取り組むのであれば退路を断ち、本気で取り組もうという姿勢が一番です。すぐに融資・助成金などと考えていては必ず失敗すると思います。そんなに農業は建設業より甘くありません。なぜなら建設業には図面があります。けど農業にはこれが正しいという図面はありません。だから「今親会社がしんどいから融資や補助金を受けて取り合えず農業を」と考えている建設業の経営者の方は、自分本位の考えと思いますのでやめておいた方がいいでしょう。「社員とその家族を守るために」と考えている経営者の方は失敗を恐れず是非取り組んでください。

農業参入への問い合わせについて1

農業参入してもうすぐで半年を終えようとしています。
11月末より新規参入に対する問い合わせが多いので掲載をしたいと考えました。
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問1、建設業から農業への新規参入についての問題点について。
建設業では、国家資格を持つ人がいれば後は、法人にする場合の手数料がほとんどで設備投資をしなのなら資金はあまり必要ありません。。
しかし農業参入の場合は、法人にする費用は建設業と変わりませんがその後の設備投資に少なくても数千万円の費用が必要です。(水稲の場合)
農作物は、生き物です。待ったはききません。分かる範囲でいいので作付け計画を行いスタートを切ることが大切と思います。
それと一名くらいは、農業経験者が必要です。これは企業が行う上では必須です。
特に建設業の場合、過去の事例から見れば農地を荒らす代名詞が建設業です。その建設業社が「農業やります。」なんて言っても、農家の方をはじめ農業委員会その他関係機関の方たちは、耳を貸してくれません。農地を借りたくても借りれません。実際に田植から収穫を行えば周りの人も認めて切れます。

受け継がれる伝統の難しさ

私が卒業した頃の愛媛県立東予工業高等学校は、勉強は今一だが健康体の猛者が多数集結していた。入学直後より縄張り争いではないが各中学校単位でよく喧嘩をしたものだ。
今ならマスコミが騒いで大変でしょうが・・・・。
しかし不思議と今で言う『いじめ』はなかった。必ずボスがいて裏のボスがいた。
ボスがいじめていても必ず裏のボスが来て『いい加減にしろ!』の一喝でそれで全てが終わりいじめられてた生徒は、裏のボスに感謝していたものだ。
スポーツといえば、サッカー、登山部、応援団、バレー、剣道、柔道と全国大会に四国大会、国体まで出場する選手がワンサといた。サッカーでは当時愛媛県立壬生川工業高等学校という名前で全国大会2位にもなった学校でもある。
我が剣道部もインターハイを狙えるチームで剣道をしたいために様々な所から選手が集まっていた。
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夏は、7泊8日の強化合宿。なにせ逃げて帰ったやつもいるほど。
朝6時に起床し通称【おしぶの森】までの4kmの道のりをランニングその後このおしぶ森には270段の石段があり、勿論うさぎ跳び、いまや絶対に見られない光景でしょう。 「このうさぎ跳びを私は隠れてごまかしていたのよくばれて、2往復3往復させられたものです。ゞゞゞ」
そしてまた4km走って帰り柔軟体操に素振り、その後朝食「食べれるわけがない。水ばっかり」
それからのメニューは以下の通り
【9時から12時まで】
切り返し、かかり稽古、追い込み、当り稽古ひたすらです。監督の機嫌が悪いときは休憩なし。ということは水を隠れて飲めない。そぅ私達の頃は、水を飲んだら体力の消耗に繋がると飲めない時代でした。
【13時から15時】
自稽古、かかり稽古、追い込み、切り返し
又は他校からの練習試合の申し込みがあれば試合《これが最高に楽しい一時だった。その頃私達強かったから色々な高校が着てくれて相手が弱いから練習が楽だったから・・・》
【16時から17時30分】
休憩と夏休みの宿題・・・(するわけ無い、ひたすら寝る)
【18時から21時】
OBとの申し稽古  《これがかなりきつかった。》意地悪な先輩は20時55分頃に来て着替え始め「さぁ!やるぞー」の一言。  この頃すでに私達は意識もうろう、先輩が最後尾に並び1年生が最前列へそしていざ突進。もちろんゲイゲイ吐きまくり。
【21時30分頃】
晩飯!!うまい最高。食堂のおばちゃんが《体力をつけないけん。腕によりを込めて作ってくれた、巨大ハンバーグに焼肉そしてサラダの大盛り》もちろんご飯は監督命令にどんぶり飯大盛り3杯これ必須。「おいしいよおばちゃん、おいしいよおばちゃん」といいながら交代でトイレに駆け込む部員達、トイレから戻ってくると減ってたはずの巨大ハンバーグは元の量に!!そぅ、先輩からのプレゼント。やさしいね先輩!!ありがとう。と苦しい涙のお礼。氷水をぶっ掛け塩をぶっかけご飯を流し込んだのを良く覚えています。
それからは、風呂に先輩の剣道着の洗濯そして就眠《もちろんエヤコンなんかないから熱いし寝れないし》夜中中、学校のプールで浮いていたのでした。

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それが今では部員0 剣道場もご覧の通り。なんか他の事に使用しているみたい。右奥にある剣道部OBの名前をずらり書いた木の札をかけていた枠の中には今や諸先輩方の札は一枚もなく当時の面影を見る芳もなかった。残念
そんな折、marubun社長真鍋先輩に連絡(この方かなりイタリアン料理で有名な方)当時の鬼監督の玉井治樹先生が今年定年退職をすることを相談し来年送別会を行うことに決定。[今までの画像は先輩の名前を調べるために学校に行ったときに撮影させていただいたものです。]

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血と汗と涙が染み込んでいるこの部旗。今後これを守ってくれる後輩はでてきてくれないのでしょうか?もともと剣道人口は毎年減少の一途をたどっています。日本の武道の衰退、それは日本人の礼儀心がなくなるものではないかと淋しがるのはわたしだけでしょうか?
伝統を守る・永く伝えるということは、人がいなければ続かないということでもあるのです。その人というものが今の日本では簡単に、扱われるようになったのです。

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【おしぶの森とは】
平野の中にこんもりとした標高60mの森「四尾山」山頂の福岡城跡には、福岡八幡神社が祀られている。西尾山には、樹木の種類も多く大正13年、国の天然記念物の指定を受けたが、たび重なる台風被害により昭和48年解除された。

日本の価値

ついに1ドルも一時90円を切った。
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世はデフレ、つまり人の価値(給料)・ものの価値(商品の価値)がこれからも安くなるよと言っているようなもの。もっと簡単に言えば今まで一日働くと1万円もらっていた人が、8千円や5千円になるということ。 生活レベルを下げると言う事はなかなか出来ないものである。
以前テレビの取材を受けたとき話した内容が,『日本は、10年以内に潰れる。』と言う、すごい話ですゞ。 すみません。
理由
1.世界市場にとって日本に魅力的な品物・技術が何もなくなった。
2.日本の手の技術を発展途上国に安売りをしてしまった。
3.地震雷火事親父の親父がそうでなくなった。
4.女性が母親化できなくなった。
5.泥まみれ汗まみれが労働ではないと感じる若者が増えた。

日本人が世界で生き残れるもの
1.一部上場企業で海外に全て拠点を移しても生産ができる資金力のある企業
2.ノーベル賞などを受賞した学者様又は優秀な学者様(世界で活躍できる学者様など)
3.都市で生き残れるのは、東京名古屋(世界と渡り合えるから)

日本国内で生き残れるもの人と産業
1.泥まみれ汗まみれで働く意思のある人達
2.自給自足が出来る人達
3.技術を安売りしなかった職人達
4.一次産業で成り立っている人
3.地震雷火事親父になれた父親
4.母親になれたすばらしい女性

日本が潰れていい事
1.日本の法律そのほか国内の矛盾が全て解決できると思う。
2.お金だけが価値ではないということが国内にしか要られない若者・お金しか魅力を感じない人たちがやっと理解してくる。

日本が潰れても必要なもの
1.国内の残った人達への食料


だんだん村は、日本のいざという時、社員にご飯だけでも食べさせていこうと考えてできた会社です。

これ本当にお話した内容です。

お金は、確かに大切なものと思います。けどそれは人を傷つけたり・騙したり・脅したりして稼ぐものではないと思います。 周りの人に助けてもらいながら苦労もしながら頭も使い考えをまとめて、後は汗水たらして体を動かして最後に頂ける貴重なものと思います。そんな思いをして頂いたお金は、決して無駄遣いをしないでしょう。
今回のドバイ恐慌がどのような波紋をこの日本に広がらせるかわかりませんが大切なことは基本と思います。 基本に忠実なものづくりをこれからもしますのでよろしくお願い申します。

ドバイ恐慌

アラブ首長国連邦(UAE)のドバイ首長国政府は25日、政府系持ち株会社ドバイワールドと、傘下の不動産開発会社ナキールが抱えるすべての債務の支払いを猶予してもらうよう債権者に要請すると発表しました。
今回のドバイの問題を経営者の皆様はどのように考えているのでしょうか?
昨年のリーマンショックでは、マスコミ報道で安心した私でしたが、実はそんなことはぜんぜんなかったことから今回のドバイ恐慌では、大変気になります。
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一番心配となるのは原油ですが、今の所下げに転じていますが今後が気になります。

行政刷新会議

良くも悪くも新し事に取り組むということは、知力・体力が必要です。これは経営者の方なら誰しも思うことでないでしょうか?
 私自身この会議はとてもいいことと思っています。理由の一つに社員がこの会議について話題をするからです。自分の国の出来事について感心を持つということは、すばらしいことです。
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会社で行う会議もこれくらい社員に興味が湧くものにしたいものです。

2回目に冠雪

11月も終わりに近づき何かと気ぜわしい感じですが。
先週、友人が5名程徳島・兵庫・中部より来てくれました。日曜日は、瓶が森林道を通り石鎚山に行ったみたいですが、今週末でなくて良かった。
今日は寒さで目を覚ました窓を開け見上げて見ると、2回目の冠雪 石鎚山 剣山に11月に2度も雪が降るのは珍しい事です。

石鎚山もほんのり白く

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剣山も山頂が白く染まり

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いよいよ四国・愛媛も冬の到来です。

一升桝

この一升桝は、なんと、うちの社員から借りたものです。 
2代続いた桝でなんと70年前のものです。それを今回だんだん村が3代目として復活させていただき写真を取らさせていただきました。歴史を感じます・・・・・
裏のマーク  丸に喜 の字は、この桝の持ち主、故:丹下喜久一さんの字から一字取ったものです。
この方と私、これだけでなく、もう一つご縁があります。
それは、私が小学2年生のとき、近所の喜久一おじいさんがうちの家の前を通りかかった時、その時の格好が剣道着を着た颯爽とした姿でした。

私のおじいさん故:喜之丸さんからのお願いもあり私を剣道へと導いてくれた方です。
この人がいなければ、私は剣道をすることもなく。子供達に教えることもなかったでしょう。
ましてや、全国中学校大会に子供達を私が連れて行くなどと言う事は、絶対にありえないことです。  私の実力や子どもたちの実力でなく本当は、この丹下喜久一先生の御蔭であることを本日気付かされました。
これを保管していたおじさん・おばさんにも感謝します。またお借りしますのでよろしくお願いします。

一升桝


一升桝


我が母校

私の在籍中は、愛媛県立東予工業高等学校女子2名男子850名のほとんど男子校
今や男女共学で普通科を入れたから県立東予高校   世間に漏れず、少子化に伴い定員を割り込むので普通科を増やしたんだけど思ったほど生徒が集まらず、普通科をまた閉鎖だって・・・。

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なにそれ情けなか~!  どうせ深く考えなかった御偉い教育委員会が出した案でしょうが。どうするの、普通科を卒業した生徒達は! ちょっと考えればわかるでしょ。絶対数が少ないんだから。工業離れと言ったって特色ある高校のほうがいいよ。
でまた、東予工業高校に高名変更すんの?
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しかし見てください。この横断幕ここの校長がこれがやる気MAX。超行動派、こんな人が教育委員会にいれば・・・ここの機械科は特に有名で、そこに目をつけた校長が全国目指せ~!でこの成績  後輩よすばらしい!
旋盤関係にロボットで全国んんん  すばらしい。

農業への夢

平成18年6月 たった二枚の絵から壮大な農業に賭ける夢が広がって行きました。
夢のような70歳定年をこの会社で実現させます。

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感謝の気持ちが薄れ、自分さえよければそれで良いという気持ちが芽生える日本人
言葉がなくても目で話せてたあの時代。  金は無くても心の豊かな日本人に戻るために。

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『人のために!』
この平成という、くそも面白くない時代を精一杯元気に生る、一人のバカな経営者の生きた証として。

わが師の恩からの便り

ちょうど3年前趣味のバイクの趣味がこうじて VIBES in 石川県珠洲市に行ってきました。
もともと私大学が福島県の郡山市だったのでそうだ卒業20年も超えたのでここえらで、西村先生でもびっくりさせに意向と向いました。福島県郡山市
口も悪いが、態度も悪い。まぁそんな私を卒業さすことが非常に困難だったといっておりました。ハイ
今も感謝の思い出いっぱいです。
日本大学工学部環境衛生工学部  西村孝工学博士(技術士)どの


あの頃と変わらない正門横の桜の大木を前に愛車とパチリ
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時々手紙のやりとりばかりでお会いするのは、本当に久しぶり。だいぶ頭が・・・
しかし変わらず毒説は天下一品、ついでに、しもねたも(笑い   元気そうでなりより

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後輩諸君早く、私のようにでっかい男になってくだい。なんてうそだよ。

そんな先生からお電話が、相変わらずの毒説から始まり、そうそう忘れていました。ネット販売のこと。
やらないよりやったほうがいいだろう。でも売れないから知ってる人に送ってあげよ。それで色々なデーターをとって資料にしようと思い、送るは送るは・・・その送った商品の箱の表紙にラベルを貼り付けHPのアドレスも記載。
見てくれているらしい。ブロッコリーも美味しいと一言。これ本当に美味しいぞ~。
私のやる気がNETでつながったいい日でした。
ちなみに俺のことを書いていないから書くようにと言われトピックスに書き加えました。
西村先生しっかり書き込みました読んでおいてネ。

耕作放棄地のお米

【耕作放棄地で耕作をする怖さ。】

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私達、だんだん村は、もともとが建設会社の中の一つの会社です。
水田を開墾する技術は、昭和44年からありこれまでの実績は、現存する会社の中では、グンを抜いています。これはこれまでの努力が自信に変わった証拠と自負しています。
今年約70aの耕作放棄地を開墾し、作付けを行いました。

そこでとれるお米を私達社員は、一同楽しみにしていました。
数年間農薬を散布していない証拠だし・・・。
しかしこの米の味は、最悪でした。
地主さんに、このお米を持って行きその後食べたらどんな思いになるのだろうと悩みました。
くやしいの一言です。  

けど不思議に艶はとてもありました。おいしいお米よりも・・・
結果は、簡単なものでした。
耕作放棄地は、何年も作付けを行っていない。そのため雑草が生える。その雑草が土の栄養素を吸い取る。 
そこにどんなに手を加えても土は、半年や一年ではどうにもならない。
すなわち農作物をつくることは、少なくとも2年から3年は無理と、知人の専業農家の方に言われる始末です。ならどうするの。
米はつくれない。野菜など到底無理。二年間、土つくりに明け暮れるか?労力だけ費やして収穫がなければ企業としての運営もままならない。
かんがえろ~

姪っ子

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社長の姪っ子さんが描いてくれた、だんだん村の看板。なんとも言えない可愛さです。

ちなみに左から
だんじ~  だんば~ たーねー まーにーだって。
たーねーは、なんと社長の母君のあだ名。
恐るべし社長。自分の母まで商品にするとは!
この絵をこれから農業生産法人 株式会社 だんだん村のイメージキャラクターとします。